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竹内啓安氏によるグランデファーム衣斐代表インタビュー【育成方針編】

竹内氏:衣斐さんは、タマモホットプレイの兄弟やマチカネフクキタル、ウイングアローなどの配合を手掛けた方で、育成の管理馬でもディープスカイ、ローレルゲレイロ、ヒルノダムール、最近ではサウンドスカイ、メイショウナルトなど活躍馬が豊富で毎年重賞を勝っています。

本日は詳しく育成のスタイルや血統のお話など幅広くお聞きしていきたいと思います。よろしくお願いいたします。


衣斐代表:ようこそ、お越しくださいました。よろしくお願いします。
 
竹内氏:衣斐さんとは以前お会いした際に血統のお話で盛り上がりましたね。血統の話をできる方はいますが、配合の話をできる方はとても少ないですよね。

衣斐代表:竹内さんも本当に詳しい。これだけ話せる方はなかなかいないと思います。
私は、父親が笠松で育成牧場をやって、母の実家が地元で規模の大きい大工さんで馬をたくさん持っている家系で生まれて、馬と一緒に過ごす毎日で馬と手を繋いで寝ているようなものだったのです。

そこで高校くらいからは学校に行く前に馬の調教をつけていたんですが、お隣の厩舎に義足の獣医師松本思郎さんがいたんです。

当時、うちの育成でも松本思郎さんに獣医をお願いしていましたから、私も学校から帰って来るとお手伝いをしたんですね。全部教えてもらいましたから、注射なども打てますよ。リンゲンにアリナミン3本のB12を入れておけ、とかね(笑)

そして、お手伝いが終わると部屋に戻って「さぁ、始めようか」と血統の勉強が始まる。血統の本が本当にたくさんあったのを思い出します。そんな生活を送っていたんですよね。40年以上も前の当時の競馬の世界で「血統表を書きなさい」と言ってくれたのは松本思郎さんだけでしたね。

シンボリ牧場の畠山場長も先生と仰ってたような方でして、そんな人に英才教育を受けることができたわけです。そして、勉強が始まると「ファロス ― フェアウェイの3×3はどうだ?」と始まるわけです。「ファロスはネアルコのお父さんですが、ファロスとフェアウェイは全兄弟クロスになっているよな・・・」といった調子で、とても楽しかったですね。

そうした背景があって、死に物狂いで勉強したんです。そして、20代の時にはパソコン(PC98)で血統を入力するようになっていました。
ソフトは知り合いの大学生にアレコレ伝えながら作って頂きました。


竹内氏:先ほど衣斐さんの自作の血統ソフトを見せてもらいましたが、物凄いデータの量ですし、8代前までのクロス表示や指数表示などあって、素晴らしいソフトですね。国内、外のデータを自身で入力されるのだって大変ですよね。

衣斐代表:そうです。毎日1時間程度時間かけてやっています。年を取ったものですね。

竹内氏:それは凄いですね。衣斐さんはそこまで血統を勉強されていると生産をやりたくなるのではないでしょうか。

衣斐代表:竹内さんもご経験があるかと思いますが、いくら配合が良くても幼駒の過ごし方、初期馴致や育成過程で問題があると実戦的な競走馬を作ることができません。

元々私が育成を手掛ける家庭で生まれて、高校卒業後も笠松限定の記者の傍ら、育成もしていたんですね。その中で血統や配合から馬の特徴を考えた育成がしたいという想いが強くなったんです。

ただ、ご存知の通り、コース作りには大金がかかります。しかしながら、東洋一と言われるBTCが出来、これはと思い、2003年に岐阜の家を全て売り払って、こちらに越してきたんです。本当はBTCの目の前の土地がよかったのですが、やはり高くて最初は諦めていたんです。でもこちらの土地を将来売って頂けるというお話になって、それであればと思い、土地を借りて始めたんです。



竹内氏:
2007年から9年連続で重賞馬を輩出されていますね。これはBTCを使っている育成牧場ではグランデさんだけですよね。育成のコツやポイントを教えて頂けますか?

衣斐代表:重賞馬を9年連続で輩出できたのは有難い限りです。育成で私が重要だと感じているのは、遊びの部分を作ることなんです。きちっと作りすぎてはいけないと考えています。ずるい部分やヤンチャな面はあってもいいんです。そのかわりスイッチを入れた時に爆発するくらいの馬でないとクラシックを取れる馬には育たない印象があります。


あと、血統や配合である程度奥行きが分かるのでイイ面を引き出すような調教を考えています。例えば、うちにいたローレルゲレイロですが、スピードがあるのは分かっていたので、敢えてスタミナ調教ばかりをやりました。そうすることで、スピードが最後まで持つようになりました。もしもスタミナ調教をやっていなかったら最後まで持たない馬になっていたと思います。


最近よくある集団調教も一歩間違えると怖いです。馬は賢い生き物ですから、前の馬についていく調教ばかりをやっていたら、本番のレースでも前の馬を抜かさない馬が出来上がります。そのため、うちでは、入れ替えさせるようにしています。一番後ろから始めたら一番前に行くように入れ替えさせる。そうすることで、前の馬を抜かすことを覚えさせるのです。


私どものスタッフは14人いますが、みんな高い意識をもって他の牧場と同じ時間内でもひと手間も、ふた手間もかけてよくやってくれています朝のミーティングもしっかりしていますし、勉強しなくてはいけないことは多いです。そういった環境ですから勉強したい気持ちがない子は辞めてしまう。でもやる気のある子は応援します。

竹内氏:やはり、皆が同じ目標に向かっているからこそいい馬というのは生まれてくるのですね。初期馴致についてはいかがでしょうか?

衣斐代表:うちでは、D-Jランチ・持田裕之氏が提唱するナチュラル・ホースマンシップを2年半勉強して、今では競走馬用にいいところを取り入れてオリジナルに昇華しています

各パーツ毎にバラバラの動きができるように作るのが乗馬馬の作り方ですが、もちろん、我々は乗馬馬ではなくて、スーパーカーが欲しいのですから、そのようにきちっと作りすぎるのではなくて先ほどの遊びの部分は残すようにしています。


面白い事に馬というのは不快と快適を作れば快適の方を選ぶのです。うちでもゲートの矯正などしますけど、今ゲートに入れるために縛ったりしますよね。あれでうまくいけばいいけど、暴れて嫌な想いをしたらもうだめになってしまう。嫌なものは嫌なんです。子どもの時から大丈夫だよということをやっていくことが重要です。



竹内氏:国枝栄調教師と以前お話しさせて頂いた際にナチュラル・ホースマンシップの考えについて語っておられました。

衣斐代表:はい。最近では調教師の先生方にも理解が広がってきていますが、いま私が考えているのは初期馴致の前も大事であると感じています。これはいわゆる離乳から初期馴致までの中期育成と言われる部分ですが、この時期にきつい環境下においていないと馴致がうまくいきません。

そうしたことから、中期育成を行う牧場をつくることを計画しています。
既に生産から始めて中期育成を私どものところで行った馬たちがいるのですが、やはりしてきた馬としてこなかった馬では全然違います。

ノースヒルズさんが当歳からの昼夜放牧などされていますが、あれはとても意味があることだと思います。ちょっとやそっとでは動じないハートを作らないといけません。うちの馬はたまたま借りられた場所がBTCから少し遠かったので毎日馬運車で運んでいますが、馬運車を嫌がる馬は一頭もいません。逆に初めて馬運車に乗るような環境ですと、いざ移動の際にぶつけたりしてしまう。そうした事故を防ぐことにも繋がります。

竹内氏:アメリカでカジノドライヴが優勝した時、レース後に普通だったら興奮して触れる状況ではないのに、たっぷり触ることができましたし、オーナーが自ら手綱を持って歩かせました。人と馬とのコミュニケーションがしっかりしているとそうしたこともできるようになるのですよね。

それでは、マジェスティックブライト’14のお話しに移りたいと思います。
まずは今の現況を教えてください。

衣斐代表:今はサンシャインパドック放牧を行っております。順調に経過していますよ。
飛節のOCDは取っても競走能力に全く問題ないのですが、早く動かすと骨膜が出たりするので、今は無理しないようにした方がいいと思います。

竹内氏:購買前のレントゲン手術で見つかったのですが、獣医は別に気にする程度のものではないとの獣医見解でした。しかし、極稀に落ちてきて悪さすることもあるとのことで、取ることにしました。1か月程度のものですし、クラシックを狙うには不安要素はなくしておくというのがクラブの判断です。


衣斐代表:それは正解だと思います。基本的には問題ないものですが、もしも速めを進めていく中で影響が出てしまっても嫌ですからね。後膝(あとひざ)のボーンシストは骨の中に空洞ができるもので調教などでも注意しなくてはいけないものですが、飛節のOCDは成長途上で小さな軟骨が外に出てしまっただけですから削って取ってしまえば問題はないです。若馬特有のものですから、うちの馬でもいますけど、100%影響ないと言い切れます。
ただ、たまに馬主さんでもいらっしゃるのですが、急いで動かそうとすることがよくないです。せっかく取り除いたのに骨膜が出たりする。だから術後にしっかりと休養することは重要なんです。

竹内氏:そのあたりをしっかりと管理していただけるのは安心ですね。馬体面ではどうでしょうか?



衣斐代表:馬体的には菅囲が21cmと太く、胸囲も185cmと胸前の幅があるのが好印象です。菅囲が太い馬はエビ(屈腱炎)になりにくいですし、胸前の幅があるというのは心臓と肺のある場所ですから心肺機能の高さを示します。そして尾の付け根が太いですよね。これはトモの筋力に繋がる部分です。うちにいたローレルゲレイロも菅囲が太くて尾の付け根が太かったですね。逆にディープスカイは菅囲があまりなく、屈腱炎を発症しました。








竹内氏:牧場の担当者からは首の力が強く推進力があるといわれてました。

衣斐代表:はい。首さしもとても柔らかくていいですね。その割に膝下が長くないし、うまく首が使えて、前への推進力に繋がる馬体をしています。



竹内氏:今後のスケジュールとしてはどのようなイメージでしょうか。

衣斐代表:今月末か来月頭から乗り出して、ペースを上げていきます。4か月くらいやって9月デビューを目標に仕上げていくことになると思います。

竹内氏:栗東近郊にはいつ頃おろしますか?

衣斐代表:もちろん小崎先生とも入念に打ち合わせる必要はありますが、よくBTCの関係者とも話しているのですが、夏こそ涼しい環境でこの広大なBTCの施設を使うのが馬の育成にはいいのではないかと考えています。やはり札幌競馬場や中京競馬場並みの1600mのコースや1000mを超える坂路は世界レベルの調教施設ですからね。これらを活かしたいところです。やはりコースがないと息が作れないのでそういった面でもこの施設は活かした方がいいかと思っています。

竹内氏:最近は早めの入厩が流行っていますが、それがあだになって能力を発揮できなかったり成長力を削いでしまったりしている馬も多いですよね。血統、配合、馬体と3拍子揃っている馬ですから馬に合わせた調教をしていただければと思います。

では血統や配合についてお話ししたいと思います。

竹内啓安氏によるグランデファーム衣斐代表インタビュー【血統編】に続く